musashiman’s book review

一般の話題本や漫画を紹介しています。

Book(Manga).「事故で失明し絶望した男がブラインドマラソンで再起『ましろ日(7巻 最終巻)』」

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 漫画「ましろ日」(原作・香川まさひと、原画・若狭星、小学館)は、仕事中にトラックにはねられ失明した自転車で運搬業をしていた山崎恭二と、広島で生きる仲間たちの生活を描いています。事故で両目を失明してしまった山崎は、保険金3000万円を受け取りますが、仕事、自信など全てを失ってしまいます。
 
 そんな山崎のもとに安芸信用金庫の加瀬ひかりが現れ、世話をするようになります。やがて、自分の部屋にいることさえ恐怖を感じていた山崎は、絶望感の中でひかりが訪ねてくることに、少しずつ生きがいのようなものを感じていきます。ひかりも小学生の頃に交通事故で両親を失っていました。
 

山崎はある日、視覚障碍者として走ることに目覚め、10キロの伴走にひかりを選びます。徐々に走ることに力を発揮してきた山崎はチームを組み本格的にマラソンに取り組み始めます。やがて、山崎にパラリンピック挑戦の話が舞い込みます。「ましろ日(7巻)」では、山崎を強化選手にすべく、世界一の伴走者を自負する中居が東京から、広島に住む山崎を訪ねます。
 不幸な事故で失明した山崎は一時期、人生に絶望しますが、走ることやブラインドマラソンを通じて希望を持つようになり、やがて希望は多くの仲間たちに広がっていきます。
 原爆が落とされた広島を背景に、そこに住む人たちの生活を通して、生きることについて考えさせられるヒューマンドラマです。

ランナーと伴走の信頼

「7巻(最終巻)」では、伴走者の中居が山崎と「防府ラソン」に出場します。上杉などのライバルをどうかわせるか。レースにはブラインドマラソン協会強化委員会の桜坂里子も応援と偵察に駆けつけます。しかし、強化委員会員たちの思惑とは裏腹に、山崎の心中は穏やかではありません。このレースでも山崎は伴走者と言い争いを始めます。もちろん、ランナーと伴走者の信頼関係がなければ、レースはスムーズには進みません。
 
 言い争いは初めてではありませんでした。以前のレースでは、伴走者に山崎を失明させた、トラック運転手の但馬がつきました。レース途中で山崎は、伴走者が自分をはねた運転手だということに気づき怒りをあらわにします。レースは途中で終わるものと思われましたが、必死で「ごめんなさい」と謝る但馬を山崎は許し「一緒に走ってほしい」と、今度は伴走を頼むのです(第6巻)。
 
 今回のレース「防府ラソン大会」では伴走者の中居が山崎をリードし、あくまで山崎に冷静にレースを走らせようと、ライバルの状況を説明しません。それが山崎を困惑させてしまうのです。「レースを楽しめない」山崎は、このまま中居と走り続けることに疑問を感じるようになります。
 

Commentブログ筆者

 人間の勇気と無限の可能性
 突然の事故や病気が原因で健康だった身体の機能がマヒして、それまで普通に生活できていた日常が真っ暗に変わってしまう・・・・・大変なことです。奇跡的に助かっても半身不随や、歩行困難など大きな身体機能の損失につながれば仕事はてきなくなり、その人の人生は終わったとしか言えなくなってしまいかねません。それ程に交通事故は危険なものです。
 
 最近はパラリンピックなども注目されるようになり、歩行という身体機能を失っても、車椅子生活になった人がバスケットで再起したり、手や足が不自由でも水泳で再起したり、片足がなくても幅跳びの選手として頑張ったりする人が増えています。本当にそのような選手たちを見ると、人間の勇気や可能性について考えさせられてしまいます。
 
どんなことがあっても幸せになる覚悟
ましろ日」は事故で突然に失明した主人公の山崎が絶望しながらも、ある日、走ることに目覚め、ブラインドマラソンに参加することで自分に自信を取り戻し、再度、人生に挑む物語です。

現在、全国に視覚障害者ランナーは1000人いるといわれます。目の不自由なランナーが、伴走者に叱咤激励され強くなったり、伴走者がランナーに勇気づけられるケースは実際にもあるようですが、どちらも精神的、肉体的な強さがなければできないことです。そんな人たちを見ていると、ただ勇気づけられます。

また、「ましろ日」は広島を舞台にそこに生きる人々との交流を通して描かれているのも、大事なテーマの一つになっています。この地で原爆が落とされたという悲惨な出来事は、忘れることはできません。
 そして山崎にとっても、多くの仲間たちにとっても大事な恩師だったまさみ先生の言葉が胸に刻まれているのです。

「広島に住むには覚悟がいる。幸せになる覚悟よ・・それは、誰かのために生きることなんよ、幸せは一人でなるものじゃあないけぇ」のまさみ先生の言葉が示す通り、全編を通して各シーンの背景に原爆ドームが描かれている中で、広島が原爆落下の日からどう復興したのか、今まで人々がどんな気持ちで生活してきたのか、人にとって大切なものは何かを考えさせられる内容になっています。

関連本

Book.日本企業の最新戦略に学ぶ「なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか~アマゾンに勝つ!日本企業のすごいマーケティング」

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「なぜ女はメリカリに、男はヤフオクに惹かれるのか?」
(田中道昭、牛窪恵著 光文社)

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 2018年4月のフリマアプリ市場は4835億円(経済産業省調べ)となり、ここ数年で急速に市場が拡大。その中で注目される企業が「メリカリ」と「Yahoo!オークション」(ヤフージャパン)で通称「ヤフオク!」(以下「ヤフオク」)です。ちなみにフリマとは不用品を売買するフリーマーケットを指します。
 2018 年6月に東証マザースに上場した「メリカリ」の国内ダウンロード数は7100 万件を突破(同7月)しました。18年度6月期連結決算の売上高は334億円で、15 年度売上高42億円の8倍となったのです(18年度12月期は広告宣伝費などが要因となり最終損益が42億円の赤字)。また、利用者数で「メリカリ」と同じ利用者数1800万人を獲得しているのが「ヤフオク」です。この2社はインターネットを通じて中古品を売買できる事業を展開しています(「ヤフオク」はオークション中心)。

 

「なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか~アマゾンに勝つ!日本企業のすごいマーケティング」(田中道昭、牛窪恵著 光文社)では、同2社や「LINE」「オイシックス」など好調に推移している企業が、どんなマーケティング戦略で多くのユーザーを獲得しているのかを分析しています。
 著者の田中道昭立教大学ビジネススクール教授は企業戦略やマーケティング戦略が専門でアマゾン分析第一人者でもあることから、同社の最新情報についても分析。また、牛窪恵さんはトレンド評論家で多くのマーケティング関連の著作があります。

 
 

女性が安心するメリカリ

「メリカリ」はスマートフォンタブレットのアプリやパソコンで誰でも無料で利用できます。売買が成立するまでは本名や住所を「メリカリ」以外の第三者に明らかにする必要はありません。場合によっては価格を値切ることができるシステムです。売る側と買う側が直接行える商取引で、モノやサービス、場所などを多くの人と共有し交換できる「シェアリングエコノミー」といえます。
 2018年7月現在で最も多く取引された衣料ブランドは「ユニクロ」、高く売れた物は1粒315万円のダイヤモンド、多く「いいね」されたのは「どんぐり」で、「使いかけの限定コスメ」」なども今までの店頭ではない商品が売買されたりしました。
 
 一方、「ヤフオク」はオークションサイト中心のサイトで、「機動戦士ガンダム」のプラモデルや、「トミカ」の幻のミニカーなど、マニアックな商品が競売で売買されるサイトです。その点で「メリカリ」は価格を出品者と交渉したりでき、 「対話する、共感する」楽しさを伝える「メリカリ」に女性ユーザーが多く、 「価格を競う」刺激を提供する「ヤフオク」には男性ユーザーが多いのです。

カスタマースエクスペリエンスがカギに

有機野菜や無添加加工食品の宅配サービス「Oisix(以下オイシックス)」は、2000年に事業を開始。19年3月時点の売上高は640憶円となりました。同社のユニークな特徴は、毎週木曜日に、「オイシックス」側から「おすすめ」がネット上の買い物かごに入ることです。もちろん、その商品を買う、買わないを決めるのはユーザーで、期日までに必要ないと思ったら食材を抜けばいいシステムになっています。
 
 また、注目すべきは提供するのは食品だけでなく、顧客に喜んでもらえるような食べ方や提案や、わくわくする感動などの体験価値も提供しているということです。ここでカギになるのが、「カスタマー・エクスペリエンス」で、「オイシックス」ではユーザーが使っていて楽しい、心地いい、気が利いていると感じ、提供者が顧客と継続的で良好な関係を築いていくことを念頭に置いて展開しています。
 

 Comment( ブログ筆者) 

ユーザーが楽しいと感じる手法
 ここ20年ほどで日本の経済状況や産業構造は大きく変化しました。世界中での「GAFA」の台頭がすべてを物語っていますが、本書のサブタイトルにはその企業の一つ、「『アマゾン』に勝つ日本企業のすごいマーケティング」についての「アマゾン」についても書かれています。ですから、この本のテーマは正確には「アマゾン」に勝つほどの勢いのある企業とした方がよいでしょう。
 
 それほどに好調に推移している日本企業が本書には登場します。そして、「アマゾン」と同じマーケティング手法を展開しているという点で共通している企業の戦略も書かれています。「アマゾン」については、実際に「アマゾン」のプライム会員であるブログ筆者は、そのサービスの徹底ぶりに感心せざるを得ません。
 
 今年にプライム会員費が値上げされましたが、会員を辞めることは考えませんでした。やはり、どんな商品でも短時間で届けられ、かつ価格もリアル店舗より安いというのが魅力です。しかも本書でも触れていますが「『カスタマー・エクスペリエンス』」の追求を創業以来のビジネスモデルの中心に組み込んでいる」というのです。同社では、サイトを訪問したユーザーの動向を可視化分析し、ユーザーが楽しい、気が利く、好ましいと感じることを商品だけでなく、プライムビデオやプライムミュージックを通じてサービス化しています。
 

本書の著者である田中道昭先生は「アマゾン銀行が誕生する日」など「アマゾン」に関する著書も多く、今回に紹介した本の中でも「アマゾン」の今後の展開についても書いています。今、好調な企業の将来を知る上でも学べる好著といえます。

関連本

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Book.「宇宙開発最前線の現場で働く実在の人物の姿を紹介『宇宙兄弟 リアル』」

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宇宙兄弟 リアル」
(取材・文 岡田茂講談社

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 漫画「宇宙兄弟」は漫画家の小山宙哉さんの作品で2007年から「モーニング」(講談社)で連載が開始。現在、コミックスは36巻までが発売されています。
 漫画では主人公の南波六太(なんばむった)と弟の日々人(ひびと)の二人が宇宙飛行士として活躍する姿を中心に、JAXA宇宙航空研究開発機構)やNASAアメリカ航空宇宙局)、ロスコスモス(ロシアの宇宙開発企業)で宇宙開発事業にかかわる人々との交流を交えながら、南波兄弟二人が日々、宇宙事業に対してさまざまな困難に遭遇し、葛藤しながらも成長していく姿が描かれています。

このほど発売された書籍「宇宙兄弟 リアル」(取材・文 岡田茂講談社)では、漫画「宇宙兄弟」で描かれた舞台となる宇宙開発最前線の現場で働く人たちについて取材し、具体的な仕事の内容、仕事観、生き方や仕事に関するエピソードも交えながらまとめています。
 金井宣茂さんや油井亀美也さんなどの宇宙飛行士の現在の仕事や、フライトディレクター、専属ドクター、宇宙飛行士ユニット長など、普段ではテレビやマスコミなどに出てこない人々の仕事、インタビューも紹介されていて、苦労話などもまとめられています。

 

日本の宇宙開発事業団の仕事に関わる人々の肉声が伝わってきますが、インタビューを受けている9人は、「仕事」をする上で大切なことを述べており、宇宙開発事業とは違った分野で働く人にとっても参考になる内容といえます。
 同書をまとめた岡田茂さんは映像ディレクター、ライターで、「宇宙がきみを待っている」(若田光一との共著、汐文社)や「情熱大陸 宇宙飛行士・若田光一」(MBS)などの作品があります。

 

訓練ではマイナス20度で生活

本書に登場する9人の中で2名を紹介します。
防衛医科大学校病院で外科医師・潜水医官として勤務していた金井宣茂さんは、2011年に11人目の日本人宇宙飛行士になりました。向井千秋さんや古川聡さんの医師から転身した3人目の宇宙飛行士です。2017年には168日間にわたるISS国際宇宙ステーション)の長期滞在ミッションに参加しました。
 
 またNASAの宇宙飛行士候補者訓練コースでは、一般サバイバル技術、飛行機操縦、スキューバ、語学、体力訓練があり、ISS国際宇宙ステーション)やソユーズなどの宇宙システム、宇宙実験に必要なサイエンス関連の基礎知識(生命科学、地球観測など)、航空宇宙工学に関する知識が求められたといいます。
 
 飛行操縦訓練では、飛行機のわずかな変化も見逃せず、緊急事態のケースで飛行機を操る訓練もします。緊急事態という点では、地球への帰還時にソユーズが不時着したケースに備えて、救援隊が到着するまでの3日間、宇宙船内に装備されたサバイバル道具を使って、マイナス20度の中で雪原で生き延びる訓練にも耐えました。
 

ほかに6日間、洞窟の中で過ごして探査したり、水深20メートルの海底の研究施設で10日間ほど作業する訓練もあります。宇宙業界はたくさんの業務を、夢と元気と根性で乗り越える、スポ根の世界だといいます。意外な点では訓練が辛い時は鼻歌を歌ったりしたという、エピソードも書かれているところが面白いです。

宇宙飛行士に大切なのは心

日本人初の飛行士に選ばれた毛利衛さん、向井千秋さん、土井隆雄さんの晴れの舞台の裏で、3人の訓練や実験計画をったのが、宇宙飛行士ユニット長の上垣内茂樹さんです。これまでに数多くの宇宙飛行士と仕事をともにし、さまざまな形で宇宙飛行士を支援してきました。その上垣さんが宇宙飛行士に求められるのは、技術面ではなく、仲間との協調性だといいます。
 
 宇宙飛行士が注目されるのは心・技・体がそろっているかです。知識や技術や体は、後で訓練でも磨いていけます。では、宇宙飛行士を選ぶ時に何を重要視するかですが。それは「心」だといいます。例えば、スタッフ同士の協調性では、どんな局面においても仲間と仲良く穏やかに、落ち着いた気持ちでミッションを遂行できる「心」を持っているかが重要になってくるのです。
 
 ある宇宙飛行士が精神的に追い詰められて、仲間の宇宙飛行士と喧嘩して口をきかなくなりました。地上管制官のいうことも聞かなくなったのです。結局、その人は宇宙ステーション全体に危機が及ぶということで帰還させられました。まず、どんな状況になってもチームワークを保っていける「心」があるかが重視されるのです。

インタビューでは宇宙飛行士になるための試験作りの裏話など、普段では聞けないエピソードも数多く盛り込まれています。
 

Comment ブログ筆者

何事にも負けずに耐えられる根性
 宇宙飛行士と聞くと、まず頭に浮かぶのが並大抵の人では就くことのない職業だということです。

実際に宇宙飛行士の資格を得る人にはパイロットや医者など知力、体力ともに秀でた人が多いですね。ただ宇宙開発に関わる人は全てが宇宙飛行士ではありません。実際に日本人の宇宙飛行士の誕生に尽力してきた上垣内茂樹さんは、宇宙を飛んだ経験はありません。
 
 このように本書では宇宙飛行士以外の人で宇宙開発に関わる人たちのインタビューが多く紹介されています。その中の一人である宇宙飛行士健康グループ主任医長(専属ドクター)の樋口勝嗣さんは、飛行士の試験に合格しなかった人ですが、その後、JAXAに入社することができました。専任フライトサージャンになると、宇宙飛行士の地球帰還に立ち会うため、24時間以上の勤務が続く場合もあるそうです。

仕事では樋口さんは何事にも負けずに耐えられる根気が必要だと話していますが、これは宇宙飛行士の金井宣茂さんが話していた内容と似ています。
 
 金井さんは、宇宙業界は「スポ根の世界と同じ」とも言っていますが、アスリートが最後に勝つか、負けるかはメンタル、精神面が決め手になるといわれます。このことは、宇宙飛行士に大切なのは「心」だという上垣内さんの話も共通しています。
 何事にも人間は究極的には「心」が重要になることが分かります。
 

また、本書では女性の宇宙飛行士マネージャーの中山美佳さんも登場します。9人の中で唯一、女性ですが、宇宙飛行士と身近に接する日常の仕事中の話が紹介されていて興味深く読むことができます。全員が仕事に対して何が重要になるかを述べていて、しかも、インタビュー形式なので、読者にとって分かりやすく読むことができます。

関連本

Book.「脳から無意識ニーズを探る『アップルのリンゴは なぜかじりかけなのか?~心をつかむニューロマーケティング~』」

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「アップルのリンゴはなぜかじりかけなのか?」
(廣中直行著、光文社)

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「アップルのリンゴは なぜかじりかけなのか?~心をつかむニューロマーケティング~」(廣中直行著、光文社新書)は、マーケティング共創協会研究主を務める著者が、「ニューロマーケティング」をテーマに、専門家と一般読者が読んで意味のある本を目指し書かれました。何よりも商品開発の鉄則は、人々が気づいていない「欲求」を呼び覚ますモノを提示することであり、そのためのより確実で効率的な戦略が「ニューロマーケティング」だとまとめています。

1970年代に心理学と経済学が結びついて「行動経済学」が生まれました。それに脳科学が加わり「ニューロエコノミクス(神経経済学)」分野ができ、この実験の過程で生まれたのがサブタイトルの「ニューロマーケティング」です。
分かりやすくいえば、従来のモニタリングなどの調査などにより消費者動向を調査するのではなく、脳科学の立場から消費者の脳の反応を計測し、深層心理や行動を把握しマーケティングに活用する方法です。
 
 

アップル復活に認知科学

メインタイトルからアップルについて書かれた本のイメージもありますが、本書では「ニューロマーケティング」の手法や、アップルの展開のほかにも多くの企業の成功事例やヒットを生み出す商品の法則がまとめられています。
 各章のテーマごとに、幼児向け人形開発者とテレビ番組プロデューサーの対談も掲載されていて、実際に現場で働く人たちが、世の中の動きや自分たちの仕事をどのように考え、商品開発や番組制作に活かしているのかが分かります。アップルの商品開発についても、各章のテーマごとに書かれ、読みやすい内容になっています。
   

業績不振が続いていたアップルにスティーブ・ジョブスが復帰したのは1997年です。マイクロソフトとの提携で地盤を固めたジョブズは以降、パソコン「iMac」、携帯音楽プレーヤー「iPod」、そしてスマートフォンiphone」を投入し、見事に業績を回復させました。ジョブズの経営手腕はもちろんですが、各製品のデザイナーも注目されました。しかし、アップル復活の要因はそれだけではなく、ドナルド・ドーマンという著名な認知科学者をフェローとして招聘したことにありました。会社の厳しい状況が続くなかで、「人間の本質とは何か」「人間のこころはどのように働くのか」について研究していたのです。
 
 マーケティングでは商品には「機能的価値」と「情緒的価値」があり、前者は客観的数値で表せる性能で自動車などの加速性能などが挙げられます。後者は商品が人の「こころ」に訴えるメリットを指します。消費者が商品を買うか買わないかは、好きか嫌いか、値段が高いか安いかを決めるのは「こころ」で、そのためには脳の働きを調べれば商品がどう思われるかは予測がつくということが特徴です。
 
 

サプライズでヒット商品

「情緒的価値」を高めるにはいくつか法則がありますが、2007年の新商品説明会の会場でアップルのジョブズは「iphone」について発表し会場に詰めかけた人々を「サプライズ」させました。説明会の過程でジョブズは「iPod」、携帯電話、ブラウザの各商品について話しながら、最後にこの3つを合体させた「iphone」を見せました。こうして誰もが予想できなかった商品は爆発的ヒットにつながったのです。
 
「サプライズ」とは少し違いますが、ある日、社員が腕時計を落とし壊してしまったことから、その社員が落としても壊れない商品を提案し開発されたのがカシオの「G-SHOCK」です。この商品は発売当初にアメリカで放送された「アイスパッカーの代わりに、『G-SHOCK』をたたく」というコマーシャルが、やらせではないことが証明され、消防士などで売れ始め火がついたといいます。本書にはこのように、「ニューロマーケティング」活用によっての成功の事例や法則が数多く挙げられています。
 

Comment(ブログ筆者)

 ●脳の働きと消費行動の関係
 まず、本書タイトルの「アップルのリンゴは なぜかじりかけなのか」を見た時に、すぐに読みたいと感じました。「iPod」「iphone」などアップルの商品は自分の生活には欠かせないものだからというのが理由で、この各商品についてはいつのまにか購入数も多くなり、長い付き合いになっています。
 
 やはり、タイトルのつけ方からも内容に期待できることが予測できたのですが、期待通り面白い内容でした。テーマである「ニューロマーケテイング」については、人の深層心理と消費行動について関係が深いことからも関心があり、その点で脳の働きがいかに影響しているかを再認識しました。考えてみたら、「アップルのリンゴは なぜかじりかけなのか」は、とても気になることですね。
 もちろん、読者を惹きつけるインパクトのあるタイトルだけでなく、本書にはこのリンゴのデザインが生まれたいきさつや、「かじりかけ」の意味も書かれています。
 
 日本は現在、少子高齢化でモノは市場にあふれ、いかに新市場を創出できるかが、ヒット商品を生むといわれています。そのような状況では各企業開発者の努力はすざましいものがあると思われますが、人の本能に訴求する「良い気分にさせる」「サプライズ、意外性」などがヒット商品につながることは、これからも変わらないような気がします。(今回に紹介させていただいた本は新刊ではありません。ご了承ください)

関連本

Book(Fairy tale).新版「ムーミン全集4『ムーミン谷の夏まつり』」挿画も多く読みやすくなって再登場

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ムーミン谷の夏まつり」
トーベ・ヤンソン著、下村隆一訳 講談社

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 新版「ムーミン全集4『ムーミン谷の夏まつり』」(トーベ・ヤンスン著、下村隆一訳 講談社)は、日本語出版55周年記念の新版全集第4弾です。
 6月のある日、ムーミン一家が住むムーミン谷に洪水が襲います。幸いしたのはムーミン屋敷が、しっかりした家で倒れなったのです。みんなは2階へ上がり嵐が過ぎるのを待ちます。翌朝、ムーミン一家のみんなは目をさまして、外を見るためにムーミン屋敷の窓際へかけつけました。
 
 外の様子はすっかり変わっています。橋も川もありません。わずかにたきぎ小屋の屋根が、うずまく水の中から頭を出していただけだったのです。ムーミンたちの台所は水に埋まってしまいました。コンロや流し台、ごみ入れが水底にぼんやりと見えます。椅子やテーブルは天井の下に浮いています。ムーミントロールは大きく息を吸い込んで台所にもぐり、缶コーヒーなどを運びます。やがて、ムーミン屋敷の近くに家が流れてきます。ムーミン一家は流れてきた家の探索を始めます。
 
 ある日、ムーミントロールスノークのおじょうさんは、木々の枝に上ったまま取り残されたままになりました。寒気をスノークのおじょうさんは感じ、ムーミントロールに助けてほしいと懇願します。ムーミントロールは枝の上に立ち上がると、木の枝に吊り下げておいたバスケットを手に取ります。
 
 中のサンドイッチの包みには、ママから「おはよう」とかのメッセージが書いてありました。パパからはロブスターの缶詰も入っていました。これを見ながら、ムーミントロールは両親の優しさに触れ、こんなことはたいしたことないぞと、急に力がわいてきたのです。
 「もう泣くのはやめて、サンドイッチを食べなよ。この森の中を水を伝って進んでいこう」とスノークのおじょうさんに言います。
 

74年前に誕生したムーミンは今も大人気 

ムーミン」と聞いて知らないという人は、ほとんどいないのではないでしょうか。著者のトーベ・ヤンソンさんが初めて童話として書いたのが1945年といいますから、実に74年前にスタートしたということになります。

日本でも童話、絵本、DVD、TVアニメ放送からキャラクター商品、ムーミンツアー、ムーミンアプリまで、今も多くの商品がラインナップされていますが、8月16日の「ムーミンの日」には、ムーミンバレーパーク(埼玉県飯能市宮沢湖畔)でイベントも開催され、多くのゲストが集まりました(htpps://www.moomin.co.jp)。

いかにムーミン人気が凄いかが分かりますが、今年はフィンランドと日本の外交樹立100周年を記念して6月16日まで、 東京の森アーツセンターで原画を展示した「ムーミン展」も開催されたほか、9月1日までは大分県立美術館でも開催されています。また、NHK(BS)ではアニメ「ムーミン谷のなかまたち」も放送。現在シーズン1までが終了しています。
 

自分たちで困難を乗り越えていくムーミンたち

童話では講談社から全集の新版を発売。現在、全集1「ムーミン谷の彗星」に続いて全集2「たのしいムーミン一家」、全集3「ムーミンパパの思い出」、全集4「ムーミン谷の夏まつり」がラインナップされています。挿画もふんだに使われていますので、読みやすい内容になっています。
 
 ムーミン一家の住む所では自然が豊かな島での冒険の様子や遊んだり休んだりする状況が描かれていますが、これはトーベ・ヤンソンさんがフィンランドの島で休みながら書いたものだと言われていますが、ムーミンが生まれた背景には、フィンランドの自然環境が影響されています。(今後は核廃棄物最終処理施設の運用が懸念されます)冬は長く、その分、夏への想いが強くなる人が多く、トーベ・ヤンソンさんも夏休みには3~4か月を島で過ごしながら、「ムーミン」を書き続けたといわれています。
 
 また、「4巻」でも洪水がムーミン一家を襲うストーリーや、スノークのおじょうさんとムーミントロールが森の中で迷子になってしまいます。

時には彗星を旅したり不思議なムーミン一家ですが、全集の各巻の中では、どんな困難な状況に遭遇してもムーミントロールをはじめとしたムーミン一家の「自分たちで困難を乗り越えていく力強い姿」も描かれています。ファンタジーの世界も現実の世界でも状況は変わりませんね。
 なお、全集は2020年に全集5巻から9巻までが発売予定です。

関連本

Book.がんを生きる写真家・幡野広志「『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』」

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「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために」
(幡野広志著、ポプラ社

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 広告関係や狩猟(現在は撮影していません)の写真を撮影している写真家の幡野広志さんは、2年前に血液のがんである多発性骨髄腫と診断されました。5年生存率が3割以下だといわれている悪性のがんです。最初に身体の異変に気づいたのは2017年3月のことでした。背中から腰にかけて妙な痛みを感じるようになったのです。
 
 当初は整形外科に行きましたが「帯状疱疹」と診断され、内科医でも同じ内容の診断が下されました。しかし、10日ほどで治る筈の病状は変わらず、痛みは増す一方でした。痛みが激痛に変わった時、幡野さんは総合病院でMRIなどの精密検査を受けます。
 
 最初の異変に気づいてから8か月後、痛みの原因が判明したのです。「『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』」(ポプラ社)は、がんの告知を受けても後悔はない、全て自分自身で選んできたという幡野さんが、家族や仕事、お金、生と死について書いたメッセージです。
 

願いは痛みからの解放
 

がん(多発性骨髄腫)と診断を下され幡野広志さんが一番に苦しかったのは、2017年11月から始まった放射線治療の行われた2か月間だといいます。背骨にできた腫瘍が、徐々に骨を溶かすことから神経が圧迫され激痛が走るのです。痛みから横になることはできず、おのずと眠れない日々が続きます。
 
 決して長い余命宣言のできない病気は、生存中もやがて下半身は麻痺し杖か車椅子生活を強いられます。最終的には骨がスカスカの状態になり、ひたすら吐きまくる、もがき苦しみながら、家族も目を背けたくなるような状態で亡くなっていくというのです。
 
 「願いがあるとすれば、痛みから解放されることだけだ。自然な流れとして、自殺という選択肢が脳裏をよぎる」。
 しかし、幡野さんの痛みに正面から向き合った緩和ケアの医療者や、妻と3歳の息子の存在が自殺を選ばせませんでした。
 

生きづらさの根底にある親子関係
 

そして、放射線治療を終え歩けるようになった幡野さんは自分の病気をきっかけに、がん患者や医療従事者、「誰にも言えない」ものを抱えた人たちの取材を始めるのです。
 
 その中の一人である中学生の頃に最愛の母親を乳がんで亡くしたMさんは、建設業を営む父親の暴力に悩まされ続けました。Mさん同様に暴力を受け続けた母親は、父親に殺されたと感じています。やがて、叔母に育てられたMさんですが、その叔母も交通事故で死亡してしまい、Mさん自身は自分を責めるようになるのです。
 
 この件について幡野さんは、決して遺族は、家族の死について自らを責めてはいけない。自分がいなくなっても、妻のせいでも息子のせいでもないことを強調しています。
 生きづらさを抱え、死を意識している多くの人々を取材しながら、根底には親子関係が重要な位置にあることに気づきますが、子供を殺すのも生かすのも親で、それなら生かす方を選んだ方がいい、選べなかったことを選びなおして、生きやすい社会になってほしいと結んでいます。
 

Reading comment(ブログ筆者)

「誰にも言えないことを抱えた人たち」との対話から見えるもの
 幡野さんのことを知ったのはツィッターでした(https://twitter.com/hatanohiroshi)が、改めて「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。」(ポプラ社)を読んで、なぜ、人はこれほどまでに苦しまなければいけないのかと感じました。多発性骨髄腫の病状や、本の中に登場するがん患者の放射線治療の状況などを読みながら、病気を抱える方々の生きることの辛さを改めて痛感せざるを得なかったのです。
 本書の「誰にも言えない」ことを抱えながら生きている人たちの話は、何かいつまでも心に残る内容ばかりです。それだけ、幡野さんが深い人生を歩いてきている証拠だと思います。

幡野さんはスイスで安楽死協会に登録しています。日本では安楽死は認められていないのがその理由ですが、何よりも多発性骨髄腫の病状や治療、最終的な状態がそうさせるのは納得せざるをえません。
 
 ブログ筆者も、仮に病気で本人の意識が明確ではない状態になった場合に、さまざまな医療機器を使用しチューブ状態にしてまで、人を生かそうとする日本の医療制度には疑問を感じます。それは自分自身の意識とは裏腹に、意識が明確でない状態になっても生きること選択させられた場合の、ASL患者にも該当するような気がします。
 もちろん、幡野さんご自身には、少しずつでも回復していただきたいという気持ちは、誰もが感じていることだと思います。
 

家族が基本、息子と妻への熱いメッセージ
 本書は幡野さんが自分の妻や子供に何かを残していきたいという考えから、当初は自費出版する予定で、書き始められたものです。2018年9月には「ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。」(PHPエディターズ・グループ)が発売され、同書には「優しさについて、僕が息子に伝えたいこと」「夢と仕事とお金について、息子に教えておきたいこと」など、幡野さんの息子である優君に、「不安になった時に、お父さんの言葉を思い出してほしい」と伝えたいメッセージが書かれています。
 
 それは「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。」にも書いていますが、人は「配偶者」と「子ども」という家族の存在がいかに大切になってくるかを、幡野さんご自身の経験を通じて強く感じてきたからに違いはありません。

Book(Manga)漫画「『不死身の特攻兵④~生キトシ生ケル者タチヘ』特攻から生還した奇跡の佐々木青年に2度目の出撃命令」

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「不死身の特攻兵④」
(原作・鴻上尚史
漫画・東直輝 講談社

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 「人間は容易に死ぬもんじゃない」
 漫画「『不死身の特攻兵④~生キトシ生ケル者タチヘ』(原作・鴻上尚史、漫画・東直輝 講談社)は、太平洋戦争中にフィリピン戦線で特攻部隊「万朶隊(ばんだたい)」の隊員として9度の特攻から生還した佐々木友次さんにインタビューしたノンフィクション「不死身の特攻兵~軍神はなぜ上官に反抗したか~」(鴻上尚史著、講談社現代新書)のコミカライズ第4弾です。

「第4巻」では死亡した筈の佐々木さんの生まれ故郷である北海道の石狩郡での葬儀の様子から始まります。しかし、フィリピンの戦場では日本での佐々木さんの葬儀どころか、葬儀中に父親の藤吉さんが妻のイマさん(友次さんの母親)に「人間は容易なことで死ぬもんじゃない」と呟いた通り、死んだ筈の佐々木伍長が帰還を果たします。もちろん仲間の兵士たちは佐々木伍長の生還に驚愕しました。 

石渡俊行陸軍軍曹らは佐々木伍長が敵機を攻撃したレイテ湾で何があったのかを尋ねます。佐々木伍長は軍曹に「敵機に向け爆弾を落とした」と報告。攻撃時には確かに佐々木伍長は特攻で死ぬ気で挑んだのですが、攻撃の瞬間に既に他界した中川中尉から、「まだ来るな」と忠告を受けた夢を見るのです。
 

 

なぜ、上官の圧力に屈することなく、生きて帰還できたのか」
 攻撃時の状況について佐々木さんは2015年10月に札幌市内の病院で、漫画の原作者である鴻上尚史さんのインタビューに「アメリカの軍艦に爆弾を落として損害を与えたことは確かだけど、沈没させていないから、撃破ということを司令部に報告した」と述べています。実際に当時の状況が佐々木さんの話した通りであることを鴻上さんは後に確認します。
 特攻兵ということから帰還について、上官からの圧力は相当のものであったにも関わらず、なぜ、佐々木伍長は屈することなく敵機に爆弾を落とし生きて帰ってくることを貫いたのか、漫画は鴻上さんの佐々木さんへのインタビュー取材の状況と戦争時の状況を交えながらストーリー展開します。

 
 

弾がなければ、人間を 弾にすればいいのだ

しかし戦争は特攻兵である佐々木さんを深刻な状況に追い込みます。美濃部浩次陸軍少佐は佐々木伍長が帰還したことを今後の作戦に悪影響が出ると判断し、猿渡参謀長に何としても佐々木を戦死させろと命令を下すのです。
 「第4巻」では、佐々木伍長が奇跡の帰還に喜んでいる暇もなく、特攻部隊「万朶隊」の隊員として2度目の出撃命令が下されます。しかし、同時に出撃した隊員の特攻機のエンジン故障を防ぐ防塵網が誰かの特攻機から落下、司令部は特攻兵たちに「空中集合」を命じます。ただ、この間に4機のうち2機が墜落してしまうのです。この結果、「万朶隊」隊員は佐々木伍長と奥原英彦伍長の2人となってしまいます。
 
 その後、海路を絶たれた日本軍は 石腸隊、鉄心隊、護国隊、靖国隊、一宇隊、八紘隊など続々と特攻兵隊員を戦場に集めてきます。
 「弾がなければ、人間を弾にすればいいのだ」との富永恭次陸軍中将の指令は、特攻によって活路を見出すという、まさに人間を人間と思わない作戦だったのです。しかし、特攻隊員との会話でも佐々木伍長は「目的は船を沈めることで、死ぬことではありません」と強調し続けます。
 
 

なぜ帰還できたのか、 寿命にむすびつけるしかない

「第4巻」巻末にも既刊同様に2015年に札幌の病院で入院していた佐々木さんへの鴻上さんのインタビューが収録されています。一部を抜粋引用します。
 鴻上「佐々木、おまえも行ってこいって言われたときに、どうして、分かった、帰ってくるのやめるっていう風にくじけなかったんでしょう?」
 佐々木「それは、心の中では思っていたかも知れません。なかなか口には出して言いません」
 鴻上「どうして友次さんは何回も行けたんですか?」
 佐々木「いや、やっぱりそれは寿命ですよ。寿命に結びつけるほかないの。逃げるわけにはいかない」
 

Reading Comment(ブログ筆者)

310万人の戦没者中にフィリピン戦線で51万人の日本兵が死亡

日本が戦争中は、20代そこそこの若者たちが兵士として徴兵され、日本のために海外の兵士たちと闘いました。日本軍兵士の戦没者は310万人といわれますが、生きて生還した人たちも存在します。現在は90歳以上で他界する人も増え、貴重な戦争体験を語る人は年々、少なくなっています。
 
 佐々木さんは万朶隊(ばんだたい)という特攻隊に属していました。万朶隊はフィリピンのルソン島、レイテ島などで出撃を繰り返した特攻部隊です。1941年からの戦争で日本はフィリピンを占拠し1944年から2年に及ぶ戦闘は、フィリピン奪回を目指す米国連合軍と防衛する日本軍との間で行われました。
 フィリピンでの戦争では51万人の日本兵が死亡したといいますから(旧厚生省)、いかに生き残ることが困難だったかが分かります。しかも佐々木さんたちの部隊は天皇陛下の裁可を得ていない公認の部隊として、つまり、個人が志願して結成された特攻部隊だったのです。

自分は絶対に死なないと決意

 漫画版の「第1巻」から「第3巻」までには、佐々木さんが特攻隊に入隊し、やがてフィリピン戦線で初めての特攻に出撃するストーリーが描かれています。「第3巻」では特攻で死んだ仲間を海辺で焼くシーンも描かれていますが、各場面、場面で、悲惨な戦争の実態もストレートに表現しています。

佐々木さんは特攻隊として徴兵されたのですから、本来は一度の出撃で死んでしまった筈なのです。しかし、それを断固拒否し敵を爆撃し大破させては帰還しました。特攻隊の義務は敵艦隊に突撃して死ぬことですから、そんな彼をよく褒める上官はいませんでした。でも、佐々木さんは「自分は絶対に死なない」と決めていました。日露戦争に出兵し生還した父親の「人間はそう容易には死なない」という言葉をいつも忘れないでいたのです。
 

何度も危険に遭遇しながらも勇敢に闘う

凡人からみるとと飛行機に乗って空を飛ぶこと自体ができることではありませんが、その上で佐々木さんは上空から敵機に攻撃し続けたのです。大変なことだと思いますが、佐々木さんは、そんな戦闘を何度も繰り返しました。さすがにマニラ北東を飛行中に、機体の調子が悪くなり不時着し、あらためて操縦席がボロボロになったのを見た時は、自分が生きているのが不思議に感じたといいます。
 
 「第4巻」巻末の鴻上さんのインタビューの中で、自分が生き残って生還したことに関して「寿命だとしかいえない」と佐々木さんが答えている点も、何か本人とは別の違った力が働き本人を生かさせたというしか言えない部分があるのかも知れません。
 しかし、おのれの命を捨てるのが当然という特攻隊の中で、自分が絶対に死なないと決め、何度も危険に遭遇しながらも、勇敢に闘い続けた佐々木さんのような日本人が存在したことを決して忘れてはいけません。
 

原作本