musashiman’s book review

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Book.がんを生きる写真家・幡野広志「『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』」

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「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために」
(幡野広志著、ポプラ社

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 広告関係や狩猟(現在は撮影していません)の写真を撮影している写真家の幡野広志さんは、2年前に血液のがんである多発性骨髄腫と診断されました。5年生存率が3割以下だといわれている悪性のがんです。最初に身体の異変に気づいたのは2017年3月のことでした。背中から腰にかけて妙な痛みを感じるようになったのです。
 
 当初は整形外科に行きましたが「帯状疱疹」と診断され、内科医でも同じ内容の診断が下されました。しかし、10日ほどで治る筈の病状は変わらず、痛みは増す一方でした。痛みが激痛に変わった時、幡野さんは総合病院でMRIなどの精密検査を受けます。
 
 最初の異変に気づいてから8か月後、痛みの原因が判明したのです。「『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』」(ポプラ社)は、がんの告知を受けても後悔はない、全て自分自身で選んできたという幡野さんが、家族や仕事、お金、生と死について書いたメッセージです。
 

願いは痛みからの解放
 

がん(多発性骨髄腫)と診断を下され幡野広志さんが一番に苦しかったのは、2017年11月から始まった放射線治療の行われた2か月間だといいます。背骨にできた腫瘍が、徐々に骨を溶かすことから神経が圧迫され激痛が走るのです。痛みから横になることはできず、おのずと眠れない日々が続きます。
 
 決して長い余命宣言のできない病気は、生存中もやがて下半身は麻痺し杖か車椅子生活を強いられます。最終的には骨がスカスカの状態になり、ひたすら吐きまくる、もがき苦しみながら、家族も目を背けたくなるような状態で亡くなっていくというのです。
 
 「願いがあるとすれば、痛みから解放されることだけだ。自然な流れとして、自殺という選択肢が脳裏をよぎる」。
 しかし、幡野さんの痛みに正面から向き合った緩和ケアの医療者や、妻と3歳の息子の存在が自殺を選ばせませんでした。
 

生きづらさの根底にある親子関係
 

そして、放射線治療を終え歩けるようになった幡野さんは自分の病気をきっかけに、がん患者や医療従事者、「誰にも言えない」ものを抱えた人たちの取材を始めるのです。
 
 その中の一人である中学生の頃に最愛の母親を乳がんで亡くしたMさんは、建設業を営む父親の暴力に悩まされ続けました。Mさん同様に暴力を受け続けた母親は、父親に殺されたと感じています。やがて、叔母に育てられたMさんですが、その叔母も交通事故で死亡してしまい、Mさん自身は自分を責めるようになるのです。
 
 この件について幡野さんは、決して遺族は、家族の死について自らを責めてはいけない。自分がいなくなっても、妻のせいでも息子のせいでもないことを強調しています。
 生きづらさを抱え、死を意識している多くの人々を取材しながら、根底には親子関係が重要な位置にあることに気づきますが、子供を殺すのも生かすのも親で、それなら生かす方を選んだ方がいい、選べなかったことを選びなおして、生きやすい社会になってほしいと結んでいます。
 

Reading comment(ブログ筆者)

「誰にも言えないことを抱えた人たち」との対話から見えるもの
 幡野さんのことを知ったのはツィッターでした(https://twitter.com/hatanohiroshi)が、改めて「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。」(ポプラ社)を読んで、なぜ、人はこれほどまでに苦しまなければいけないのかと感じました。多発性骨髄腫の病状や、本の中に登場するがん患者の放射線治療の状況などを読みながら、病気を抱える方々の生きることの辛さを改めて痛感せざるを得なかったのです。
 本書の「誰にも言えない」ことを抱えながら生きている人たちの話は、何かいつまでも心に残る内容ばかりです。それだけ、幡野さんが深い人生を歩いてきている証拠だと思います。

幡野さんはスイスで安楽死協会に登録しています。日本では安楽死は認められていないのがその理由ですが、何よりも多発性骨髄腫の病状や治療、最終的な状態がそうさせるのは納得せざるをえません。
 
 ブログ筆者も、仮に病気で本人の意識が明確ではない状態になった場合に、さまざまな医療機器を使用しチューブ状態にしてまで、人を生かそうとする日本の医療制度には疑問を感じます。それは自分自身の意識とは裏腹に、意識が明確でない状態になっても生きること選択させられた場合の、ASL患者にも該当するような気がします。
 もちろん、幡野さんご自身には、少しずつでも回復していただきたいという気持ちは、誰もが感じていることだと思います。
 

家族が基本、息子と妻への熱いメッセージ
 本書は幡野さんが自分の妻や子供に何かを残していきたいという考えから、当初は自費出版する予定で、書き始められたものです。2018年9月には「ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。」(PHPエディターズ・グループ)が発売され、同書には「優しさについて、僕が息子に伝えたいこと」「夢と仕事とお金について、息子に教えておきたいこと」など、幡野さんの息子である優君に、「不安になった時に、お父さんの言葉を思い出してほしい」と伝えたいメッセージが書かれています。
 
 それは「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。」にも書いていますが、人は「配偶者」と「子ども」という家族の存在がいかに大切になってくるかを、幡野さんご自身の経験を通じて強く感じてきたからに違いはありません。