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Book.(Manga)勝たなくても過酷な猛特訓で得たものは大きい「『七帝柔道記(6)完結編』」

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「七帝柔道記(6)」
(原作、増田俊也、漫画、一丸 小学館)

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 柔道やレスリング、空手、格闘技などをしているか関心のある人でしか聞いたことがないと思われる「七帝柔道」ですが、大学生時代にこの柔道に力を注ぎ青春時代をおくった人物が描いたのが「七帝柔道記」(原作・増田俊也、漫画・一丸 小学館)です。
 原作者の増田俊也さんは、史上最強の柔道家木村政彦の生涯を追った評伝「木村政彦はなぜ、力道山を殺さなかったのか」(新潮社)で大宅ノンフィクション大賞と新潮ドキュメント賞を受賞。その後、増田さんは北海道大学在学中に在籍した柔道部の4年間の記録を「七帝柔道記」(KADOKAWA)として書き上げ、一丸さんによって漫画化されました。一丸さんには「おかみさん」(小学館)全17巻などの著作があります。

増田さんはこの柔道がやりたくて、二浪して北海道大学に進学しました。しかし、多くの体育会系の部に入部した新人が経験するのと同じように、地獄の特訓を続ける先輩たちの姿を見て驚愕します。柔道の講道館ルールでは、「立ち技」で技をかけた後以外は寝技をかけてはいけないとされていますが、「七帝柔道」では「待て」はないことから、寝技が延々と続きます。現在、総合格闘技などでも寝技が続くことがありますが、これは「七帝柔道」の流れを継いでいるものとみられています。
 このほど発売された「七帝柔道記(6)」は講道館柔道とは対照的な七帝柔道の北海道大学柔道部の活動や増田選手と、その仲間たちの姿を描いたシリーズ完結編です。

 

辛い柔道を続ける意味

増田選手は練習中に左ひざのじん帯を切ってしまい全治3か月と診断されてしまいます。当然ながら3週間後に迫った「七帝戦」本番の「第36回国立七大学柔道優勝大会」にも出場することはできません。
 増田選手の入院先には次々に部員がなけなしの見舞金を持参してきます。トラック運転手、守衛、コンビニ店員など共同の入院部屋にはさまざまな職業の人が入院していました。その中の一人には全身が入れ墨の患者もいて、一緒にお風呂に入った時に、相手が増田選手の鍛え上げられた筋肉に驚き、以降は親しみを持って話しかけてくるようになったのです。

歩くことすらできない増田選手は毎日のように見舞いに来る部員や、先輩から投げかけられた言葉の意味、血の涙が出ると思うほど辛く自分が柔道を辞めたいと思った時のこと、そして自分にとっての柔道や練習の意味を考えるようになります。
 やがて、「第36回国立七大学柔道優勝大会」が開催。増田選手は応援席から部員たちの活躍を応援します。今まで一度も勝ったことのない北大柔道部員は、それぞれの選手が必死に試合に挑みます。
 

柔道は戦記で従軍記

 Commentブログ筆者
 「七帝柔道記」は大学時代に柔道に身を捧げた男たちの青春物語ですが、筆者である増田俊也さんは、「週刊読書人」のインタビューの中で、後輩への鎮魂歌として書いたと話しています。後輩は24歳の若さで夭逝し、もう一人は25歳で病死したのです。
 インタビュー後半の中では、「『七帝柔道』は15人の団体戦で一人ひとりの選手が他の選手のために身を捨てて頑張る、命をかけて頑張る、だからある意味で従軍記、戦記そのものです」と話しています。
 
 漫画版は一丸さんの絵筆によりとても親しみが持て、読みやすい内容になっていますが、原作者の書いた心情背景には、やはり柔道部の重く苦しい地獄のような特訓や試合の日々が青春の思い出として残っていたのだと思われます。
 しかも、北大柔道部は勝つことがなく、健闘しても敗者復活戦のような「小さな試合」を行うのが精一杯の状況でした。増田さんはこの誰にも注目されない「小さな試合」こそが大切だと主張しているのです。そこにも一人一人の経験や思いは確実に存在するというのです。
 
 「七帝柔道」では常勝ではなかった北大柔道部ですが、先に増田さんが「七帝柔道記」を戦記だと話したことを物語ることがあります。

増田さんの後輩に中井祐樹さんがいます。
 中井さんは北海道大学の柔道部を12年ぶりに優勝に導きました。以降、総合格闘家になり、1995年のバーリトゥード・ジャパン・オープンに出場。1回戦のジェラルド・ゴルドー戦でゴルドーの反則サミングで右眼を失明しながらも勝ち上がり、決勝でヒクソン・グレイシ-と闘った経緯があります。引退後はブラジリアン柔術家として復活しました。現在は柔術を通して子供など多くの人たちを指導しています。
 
 この中井さんと増田さんが対談した著書「本当の強さとは何か」(新潮社)には、女性の護身術について触れている個所があります。女性の護身術というのは、いわゆる合気道など護身術につながるといわれているものを身につけるのではなく、むしろ、攻撃をかわす筋肉力や、瞬発力、ステップの力をつけることの方が大事で、ラグビーや野球でも十分に護身術の力になるということです。

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