musashiman’s book review

一般の話題本や漫画を紹介しています。

Book.(Manga)「井上雄彦『リアル 15』障害や困難と対峙し、強く生きるとは」  

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youngjump.jp

昨年4年半ぶりに再開した「リアル」

   井上雄彦 先生の漫画「リアル」が「週刊ヤングジャンプ」(集英社)2019年5月25日号から4年半ぶりに連載を再開。このほど11月19日に連載漫画の合計7号分に加筆修正されコミックス「第15巻」として発売されました。コミックスとしては6年振りの待望の最新刊の投入となりました。(第15巻の続きは「週刊ヤングジャンプ」12月3日号の51号で掲載」)

 

「リアル」は車椅子バスケットボールチームの「東京タイガース」に所属する戸川清春、バイク事故によってナンパした女性を半身不随にしてしまったプロバスケットボール選手を目指す野宮朋美、そしてトラックに轢かれ脊髄を損傷した車椅子バスケットボールチーム「調布ドリームス」の高橋久信を中心に描く物語で、1999年から「週刊ヤングジャンプ」で掲載がスタートし、2014年11月で休載となっていました。

 

  コミックス「第14巻」では高橋がプロレスラーのスコーピオン白鳥の闘いに感動し、高校時代にはバスケ部でキャプテンとして活躍していた本人が、失意を乗り越え車椅子バスケットボールを始めることを決意し「調布ドリームス」に入部。車椅子で前進し動き続ける猛特訓を始めます。

 一方、オオルリ杯で優勝した「東京タイガース」は「福岡ホークス」が出場を辞退したことにより、「ジャパンオープン」への繰り上げ出場を決めます。そんな状況の中で戸川は連絡の途絶えていた筋ジストロフィーの山内仁史から連絡を受け会いにいきます。

 

 最新巻「第15巻」では、「ジャパンオープン」で「調布ドリームス」と「ウォリアーズ」が対決。観戦にきていた高橋は偶然にも、高校時代のバスケ部の相棒でライバルでもあった野宮と再会します。

 その後、まだ試合に出場できない高橋は「調布ドリームス」の練習に参加しようとしますが、身体が高校時代のバスケットボール選手時代とは違い思うように動きません。以前にも増して高橋の葛藤が始まります。また、野宮は以前の喧嘩がもとで逮捕されてしまいます。

 

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漫画の世界を超えた活動領域 

  井上先生は「リアル」のほかに高校バスケットボールを題材にした「SLAM DUNK」(ジャンプ・コミックス全31巻・集英社)(1憶4000万部以上を発行)や、原作「宮本武蔵」(吉川英治著)をもとに描いた「バカボンド」(モーングコミックス既巻37巻・講談社)を描いています。

 

 「SLAM DUNK」や「リアル」がきっかけで、実技も注目され選手や試合はもちろん、バスケッボールや車椅子バスケットボールの人気が高まったことは言うまでもありません。また「リアル」では車椅子バスケットボールの世界だけでなく、障害を負ってしまった人々の日常や心情も詳細に描かれています。

 

 井上先生はその作画から手塚治虫文化賞大賞やメディア芸術祭大賞など多くの賞を授賞しており、昨年5月23日から8月26日まではロンドンの大英博物館で「Manga」展にも作品を出展しています。展覧会では2008年~10年に「井上雄彦 最後のマンガ展」を東京・大阪・熊本で開催したほか、2014年には「ガウディ×井上雄彦-シンクロする創造の源泉-」を、2011年に真宗大谷派東本願寺の依頼により屏風「親鸞」を描いています。

 

困難や障害を乗り越え、強く生きるということ

 「リアル」について井上先生は「REAL 10thAnniversaryPV-KajiriVresion」(ユーチューブ)のインタビューで以下に述べています。

車椅子バスケットの選手というのは、ある意味で一度は死んで、それを乗り越えて今があります。障害とは何なのか、また皆も生きていく上では多くの壁がありますが、それをどう乗り越えていくのか。このテーマは、ほかの人も同じだと思う。試練を通して人の強さとは何か、強さそのものよりも、強くあるとはどういうことなのかを描こうとしています」

 

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著者関連本

 

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www.s-manga.net

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morning.kodansha.co.jp

Book.Manga花沢健吾「『アンダーニンジャ(4)』国家レベルの争いでニート忍者が格闘」  

 

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「アンダーニンジャ(第4巻)」(花沢健吾著 講談社

現在も忍者は生存している

 忍者は現在も生存している・・・・。

 かつて栄華を誇った日本の忍者たちは、戦後GHQによって解体させられ消滅した筈でした。しかし、実は現在も忍者は生存しており、精鋭の忍者は国家レベルでの争いの裏で暗礁。一方で末端の忍者は仕事にあふれ、ほそぼそと暮らしているのです。

 

 その一人、「アンダーニンジャ」の主人公である雲隠九郎も忍者ニートとして、アパートの家賃を払わず、偶然に隣の住人である大野さんが襲われたのを助けたことがきっかけで、当人の押し入れのような妙なスペースに居候のような立場で住むようになりました。

 

 ニート状態にあった九郎がキャリア忍者・加藤から任命されたのは、旧陸軍中野学校の分校・江古田分校の跡地にある講談高校への侵入でしたが、その前に日本に密かに侵入した外国人テロリストの討伐が命じられます。

 以降、テロリスト討伐をめぐり忍者同士の闘いが繰り広げられますが、その中でキャリア忍者・加藤は老人宅に忍び込んだ詐欺集団を殺害するなど正義をみせます。既に存在しないといわれる忍者ですが、現在にあってはもちろん、現在の難事件に遭遇。何よりも「第1巻」冒頭の導入シーンは、中東に降りた米軍の特殊部隊の戦闘シーンから始まるのも印象的です。

 一方で九郎が住む古びた小さなアパートに住む住人たちとの交流や、忍者からの訪問を受け、その内容を小説の題材として書き始める売れない歴史作家なども登場し飽きさせない内容となっています。最新巻では、外人テロリストを倒した九郎が講談高校に入学、新たな敵との闘いが始まります。

 

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https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000319742

「アンダーニンジャ(第4巻)」(花沢健吾著 講談社

 

 ブログ筆者Comment

日本人がウイルスに感染しパニックに「アイアムアヒーロー

 ブログ筆者が赤沢健吾先生の作品を始めて読んだのは2010年にコミックスが発売された「アイアムアヒーロー」でした。この漫画は大泉洋さん主演で映画化(2016年)もされ話題となった作品です。漫画は2012年には小学館漫画賞も受賞しました。

 

 「アイアムアヒーロー」では漫画家の主人公である鈴木英雄は、漫画家としてデビューしたものの、いつのまにか連載は不評となり借金を背負う生活にまで追いやられてしまいます。ついに売れっ子の漫画家のアシスタントに就き、再デビューを目指す生活を始めます。そんな鈴木の希望は恋人の黒川徹子の存在でした。

 

 しかし、ある日、鈴木が恋人の徹子の住むアパートを訪ねたところ、彼女は全く違う妖怪のような怪物に変貌していました。以降、徹子のみならず日本人は謎のウイルスに感染、もしくは怪物に変貌した存在に噛まれると、人間としての命を奪われ、噛まれた本人は怪物と化してしまう状態が続きます。

   やがて日本中はこのウイルスと怪物でパニックとなりパンデミックが起こります。そして、鈴木の生き残りをかけた闘いが始まるのです。

 

目に見えない悪の存在との格闘

 「アイアムアヒーロー」はコミックスが発売されたのは10年前ですから、東日本大震災が発生する1年前、雑誌連載はその前からスタートしています。そして、この漫画で描かれている状況が、現在のコロナウイルス感染が拡大する世界の状況と重なる点が多いことも、単なるホラーSF漫画ではないといえるでしょう。

 

 2019年12月末には突然に、人を多臓器不全に追い込むコロナウイルスが発生し、日本でも翌年1月からウイルスが拡散し多くの人が感染しつつあります。

 感染者の多くが死亡し、国民の多くが自宅待機や以降もテレワークの日が多くなりました。初めて経験した非常事態宣言の発令も、今では既に経験されたことになりました。

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アイアムアヒーロー(第1巻) 」(花沢健吾著 小学館
 

www.shogakukan.co.jp

 発生して9年が経過した東日本大震災による復興もまだまだ途上にあります。何より福島原発の後処理が最重点課題で、今後の成り行きが問われています。

 コロナウイルス原子力発電による放射能汚染も、我々、通常の人間の肉眼レベルでは認識、確認できない物です。その点でも赤沢先生の作品から学ぶことは多いといえます。

 

関連本

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「たかが黄昏れ(第1巻)」(花沢健吾著、小学館

www.shogakukan.co.jp

Book(Manga)「鴻上尚史・東直輝『不死身の特攻兵⑧~生キトシ生ケル者タチヘ』9度の出撃から生還した特攻兵の軌跡」

 

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 漫画「『不死身の特攻兵⑧~生キトシ生ケル者タチヘ』(原作・鴻上尚史、漫画・東直輝 講談社)は、太平洋戦争中にフィリピン戦線で特攻部隊「万朶隊(ばんだたい)」の隊員として9度の特攻から生還した佐々木友次さんにインタビューしたノンフィクション「不死身の特攻兵~軍神はなぜ上官に反抗したか~」(鴻上尚史著、講談社現代新書)のコミカライズ第8弾です。

 

 ストーリー

特攻兵士たちの戦争の真実

 8巻の紹介にあたり、7巻からストーリーを進めます。7巻では佐々木伍長の7度目の出撃の様子が描かれます。

 万朶隊の佐々木伍長は「第5飛行師団 菊水隊」に同行、第五飛行団長の小川小二郎陸軍大佐は、「佐々木のやっていることは、特攻隊の最大の模範である」と鼓舞。そして隊員たちを、「敵戦闘機を見たら逃げろ、絶対に無駄死をしてはならない」と激励し送り出します。

 

 しかし、佐々木伍長は出撃にあたり、ふと既に戦争で他界した兄から「おまえはまだくるんじゃないぞ」と飛行機の窓から語りかけられます。なぜか佐々木の乗った特攻機は、出撃したものの整備不良で飛行せず、そのまま地上で停止してしまいました。

 

 ただ菊水隊の49人はミンドロ島南方150キロ地点で次々に敵機からの攻撃を受け全滅してしまいます。佐々木伍長もこの戦闘では出撃していたら死んでいたかも知れません。なぜか、戦闘機の故障という運が味方したのか、ここでも死ななかったのです。

 

  後日、ミンドロ島へ出撃した佐々木伍長ですが、この日も出撃機7機のうち、生存者は佐々木伍長一人となりました。やがて、健常な佐々木も原虫感染症マラリアにかかってしまいます・・・。戦争中には飢餓や感染症で死んだ兵士は多いですが、マラリアは現在も世界中で年間2.16億人が感染し、うち44.5万人が死亡しています(2016年、ウィキペディア

 

  生死を賭けた過酷な戦場で特攻兵として戦うということの意味は理解しても、誰もが生き残りたい・・・この気持ちはどの兵士たちも同じです。「万朶隊」の鵜沢軍曹もその一人でした。鵜沢軍曹は自ら特攻機を故障させ負傷し帰還します。8巻ではこの鵜沢軍曹の再度の出撃から始まります。

 

マラリアで入院した特攻兵の壮絶な体験

 一方、1944年12月21日ルソン島カローカン飛行場では第四航空参謀長 隈部正美陸軍少将が、米軍の新手上陸船団に対し旭光隊、若桜隊など四航軍に出撃することを命令します。この中で勇敢に戦い抜くのが、若桜隊の池田陸軍伍長でした。いつの頃からか池田伍長は佐々木伍長に感化されていたのです。

 

 佐々木伍長は依然として野戦病院マラリアで高熱にうなされたままでしたが、この病院でマラリアで合併症にかかった靖国隊の変わり果てた出丸中尉と出会います。なぜ、出丸中尉はこの野戦病院に入院したのか、これまでの壮絶な戦火の状況を語り始めます・・・・。

 しかし、戦争は非情です。そんな瀕死の状態にある出丸中尉にも、猿渡参謀長は出撃を命じるのです。

 

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https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000343796

Reading Comment(ブログ筆者)

310万人の戦没者中、フィリピンで51万人の日本兵が死亡

 日本が戦争中は、20代そこそこの若者たちが兵士として徴兵され、日本のために海外の兵士たちと闘いました。日本軍兵士の戦没者は310万人といわれますが、生きて生還した人たちも存在します。現在は90歳以上で他界する人も増え、貴重な戦争体験を語る人は年々、少なくなっています。

 

 佐々木友次さんは万朶隊(ばんだたい)という特攻隊に属していました。万朶隊はフィリピンのルソン島、レイテ島などで出撃を繰り返した特攻部隊です。1941年からの戦争で日本はフィリピンを占拠し1944年から2年に及ぶ戦闘は、フィリピン奪回を目指す米国連合軍と防衛する日本軍との間で行われました。

フィリピンでの戦争では51万8千人の日本兵が死亡したといいますから(旧厚生省)、いかに生き残ることが困難だったかが分かります。しかも佐々木さんたちの部隊は天皇陛下の裁可を得ていない公認の部隊として、つまり、個人が志願した形で結成された特攻部隊だったのです。

 

 

何があっても生き延びてやると決意

 佐々木さんは特攻隊として徴兵されたのですから、本来は一度の出撃で死んでしまった筈なのです。しかし、それを断固拒否し敵機を爆撃し大破させては帰還しました。特攻隊の義務は敵艦隊に突撃して死ぬことですから、そんな彼をよく褒める上官はいませんでした。

 

 でも、佐々木さんは「自分は絶対に死なない」と決めていました。日露戦争に出兵し生還した父親の「人間はそう容易には死なない」という言葉をいつも忘れないでいたのです

 

 凡人から見ると戦闘機に乗って爆撃を繰り返すだけでも大変なことだと思いますが、佐々木さんは、そんな戦闘を何度も繰り返しました。さすがにマニラ北東を飛行中に、機体の調子が悪くなり不時着し、あらためて操縦席がボロボロになったのを見た時は、自分が生きているのが不思議に感じたといいます。

 

 「第1巻」から「第6巻」までには巻末で原作者の鴻上尚次さんが佐々木さんにインタビューしたもの一部を再録しています。

「第4巻」のインタビューの中で、佐々木さんは「何があっても生き延びてやる」と強い意志を見せながらも、一方で自分が生き残って生還したことに関して「寿命だとしかいえない」と答えています。何か本人とは別の違った力が働き本人を生かさせたというしか言えない部分があるのかも知れません。

 

 おのれの命を捨てるのが当然という特攻隊の中で、自分は絶対に死なないと決め、何度も危険に遭遇しながらも、勇敢に闘い続けた佐々木さんのような日本人が存在したことを決して忘れてはいけません。(佐々木さんは2016年2月に92歳でご逝去されました)

関連本

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gendai.ismedia.jp

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『青空に飛ぶ』(鴻上 尚史):講談社文庫|講談社BOOK倶楽部

 Book. 「この怪物がすべてを暴いた 門田隆将『疫病2020』」

 


 

 

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恐怖のウイルスの謎が明らかに

  2020年7月25日現在、世界の新型コロナウイルス感染者数は1590万人、死者64.2万人(ウィキペディア)、日本では感染者2万8786人、死者993人(厚労省)となっています。

 日本では緊急事態が解除されて以降も感染者数は増加の一途を辿っています。現在も世界中が新型コロナウイルスに怯えながら生活している状況に変わりはありません。

 

「疫病2020」(門田隆将著 産経新聞出版)では、この脅威のウイルスの発生から現在に至るまでの中国や日本などの状況を追いながら、中国では武漢でいち早く“謎の肺炎"をキャッチした二人の医師の運命をたどります。動き出す共産党の規律検査委員会、そして警察の公安部門。彼らはなぜ肺炎の発生を隠そうとしたのか。

 

 また、コロナウイルス対策に後手になった日本と、いち早く対策に乗り出した台湾は何が違ったのか、そして中国はこのウイルスをどう封じ、治療薬に何を使用したのか。全てが著者によって暴かれていきます。

 

 当時に発信した著者のツィッターを織り交ぜながらまとめていますので、文章がより同時進行的にリアルに迫ってきます。本の帯には「この怪物がすべてを暴いた」と書かれていますが、新型コロナウイルスは何を暴いたのかが明らかになっています。

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www.sankei-books.co.jp

 

 

ブログ筆者Comment

人を多臓器不全に陥らせる恐怖のウイルス

 東日本大震災、そして新型コロナウイルス・・・・我々は100年に1度の大惨事に遭遇しているといわれます。単なる過去の歴史上の出来事ではなく、大惨事は必ず発生するということを、肝に銘じ克服していかなければ、我々は生き残ることができません。

 

 もちろん惨事を回避するには、ひたすら逃げる、できるだけ健康な身体を維持していくしかない、ことに間違いはありません。が、さまざまな情報が氾濫し翻弄される可能性がある現在は、あの時、なぜ、あのような状況が発生したのか、今後はどう対処していけばいいのかを正確に把握することはとても大切になってきます。

 

 新型コロナウイルスに関しても、さまざまな情報がネットやメディアを通じて報じられてきました。ブログ筆者も1月当初は、このウイルスを風邪ぐらいの感覚にしか考えていない時期もありました。

 それは当時にネットなどでこのような情報と同じような情報が流されたからです。「疫病2020」によると、当初は専門家が新型コロナウイルスを「インフルエンザほど変異しやすいものとは考えられない」と発表していることを明記しています。

 何よりも新型コロナウイルスは肺炎だけでなく、脳や腎臓なども犯し最終医的には人を、多臓器不全に陥らせることがある恐怖のウイルスだということを忘れてはいけません。

 

 また、1月には既に台湾では厳重に検査体制を導入していた武漢からの国内への入国者に対しても、日本では質問票のみで入国を許可していました。それが後の武漢観光客を乗せたバス運転手の感染発生へとつながるのです。

  ウイルス発生源も武漢の市場で売買されていた動物からなのか、武漢のウイルス研究所からなのか、ブログ筆者の中では明確にならないままでしたが、同著では発生源を明確に分析、関係者の動向も明らかに描写しています。

 

 現在も感染者が増える日本国内でも、経済効果を優先としたキャンペーンを実施する政府の政策が正しいのか、過去のさまざまな事件も検証している同著では、政権や官僚がどんな権力機構なのかを再確認できます。

 

著者本

www.kadokawa.co.jp

Book.「発生6年前に悪性ウイルスの流行を予言 石弘之『感染症の世界史』」

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悪性感染ウイルスの流行を予言
 昨年12月末に中国・武漢で発生した新型コロナウイルスは世界中に拡散し多くの感染者と死者を出しています。
 地震などの災害と同様に悪性ウイルスの流行にもサイクルがあるという元朝日新聞編集委員で環境ジャーナリストの石弘之さんは、この悪性ウイルスの発現を予言し、2年前に上梓した文庫版「感染症の世界史」(KADOKAWA)の中で警鐘を鳴らしています。

 

 「感染症の世界史」では「エボラ出血熱」や「デング熱」の発現や原因、「環境変化が招いた感染症」などを検証。「世界で増殖するインフルエンザ 過密に社会に適応したウイルス」では、インフルエンザウイルスがどのように発生してきたかを考証しています。

 

 同ウイルスはガン、カモ類、シギ、カモメや、牛、犬、猫、ネズミ、クジラなどの哺乳類から人に感染する可能性があるといいます。鳥インフルエンザウイルスが人に初めて感染したのは1997年で国際社会は衝撃を受けました。前年には中国・広東省でガチョウが鳥インフルエンザにかかり、感染したガチョウの4割が死亡していたのです。
 

 この鳥インフルエンザが変異を起こして「人から人」へ伝染した状態になれば、「感染爆発」のパンデミックとなり、500万人以上の死者が出る可能性があることをWHO(世界保健機構)は2005年9月に警告していることが書かれています。
 
 
ブログ筆者Comment
戦争では多くの兵士が感染症で死亡
 昨年12月末に中国の武漢で発生したこの悪性ウイルスは、ほんの数か月で世界中に拡散、アメリカやヨーロッパ諸国の首脳は、公の場で戦争状態と発言し、日本でも4月7日に緊急事態が発令され、外出抑制が発表されました。石さんは著書の中で、戦争ではコレラマラリアなどの感染症による兵士が多く死亡したことも述べています。
 
 新型コロナウイルスの発祥はコウモリといわれ、そのコウモリから感染した動物を人が食べたことが原因といわれています。12月末にはAI探知機が既に警告を発信していたともいわれますが、最初にこのウイルスを発見し、既に他界した武漢の医師以外に世界中で誰も気づく者はいませんでした。
 
 日本でもコロナウイルスが経済に与える状況は深刻さが増すばかりで、パブや居酒屋、飲食店をはじめとしたさまざまな業態では、営業時間の制限や営業自粛を強いられ、財務状況がひっ迫し経営困難な企業も出始めています。

 そして何よりも危惧されるのは患者の急激な増加にともなう医療崩壊であることは言うまでもありません。
 

 コロナウイルスを封じ込めるワクチンができるのは早くても2021年といわれており、少なくとも、人類はこれから少なくとも1年間は余談を許さない状況が続くことになります。

 対策は個人個人が健康維持、体力維持に努め、密集、密接、密封エリアを避ける行動以外に方法はありません。

 

 

www.kadokawa.co.jp

 

小説「海に沈む空のように」発売のお知らせ
このほど小説「海に沈む空のように」がアマゾンkindle版(電子書籍)として発売されました。現在、はてなブログで連載中の小説とはカラーの違う社会派系小説です。価格はアマゾン「読み放題サービス」契約者の方は0円。単体価格は税込み450円です。

Book.肉親を殺害され人生が暗転した男と、家族が辿った運命とは。小説「海に沈む空のように」

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誰もが長い人生では、苦悩と絶望の中で、自分が生きるか死ぬかの戦場にいると実感することがある。

 

2020年3月8日から小説「海に沈む空のように」がアマゾンkindle版(電子書籍)として発売されました。

 

ストーリー

 ある日、女性の翻訳家が何者かに殺害される事件が発生しました。やがて、警察の捜査で犯人が逮捕されますが、なぜ、彼女が殺害されらけらばならなかったのか不明のまま・・・・・。

 被害者の兄・志賀昭雄はそれまで大手企業で仕事をし、順風満帆に生活してきましたが、殺人事件が発生してからは人生の歯車が狂い始めます。妻や娘とは会話がなくなり、やがて仕事では北陸・福井県への転勤を命じられます。

 昭雄は福井の場所さえ知りませんでした。そして、何よりも昭雄を落胆させたのは、学生時代からプロを目指し活動してきたメンバーとのバンド活動を断念することでした。

 失望の中で福井で生活を始めた昭雄は、ある在京のジャーナリストを通じて、妹が殺害さればなければならなかった「事件の真相」を知ることになります。そして、殺人事件をきっかけに仕事も家庭も断崖絶壁に立たされた昭雄は、福井で出会った人々との交流を通じて、本当の自分自身に立ち戻ろうとします。

 実際に筆者の身近に起こった事件をテーマにしています(原稿脱稿は2019年3月)。突然の人生の危機に立たされた男と家族の、絶望と再生を描く。

 

家族の場が戦場に変わる時

なぜ、家族間で殺人事件が発生するのか、残された家族はどう生きていくのか

 長い期間にわたって経済状況が好転することなく、中間層がなくなり二極化が進む現在の日本では、勝ち組以外には決して住みやすい社会とはいえません。
 経済の悪化だけでなく、中国に端を発したコロナウイルスによる肺炎の世界的な流行や、東日本大震災以降に多発する地震や異常気象により多発する災害、通り魔や怨恨による猟奇的な殺人事件・・・悲惨な殺人事件は年を追うごとにその過激さに拍車をかけているようにも見えます。
 そして、人が最もくつろげる筈で生活に身近な家庭や家族を襲う悲劇。今も家族間による殺人事件はなくなることがありません。

エリート一家を襲う悲劇

 2019年12月16日東京地裁は、同6月に息子を殺害したとして自首し逮捕された元農林水産事務次官の熊沢英昭被告(76)の裁判員裁判で、熊沢被告に懲役6年の実刑判決を言い渡しました。この事件は大々的にニュースに取り上げられた衝撃的な出来事でしたので、記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。

 この事件はまさに相手を殺さなければ、自分が殺されるかも知れないという切羽詰まったものでした。長きにわたり引きこもってきた息子は、両親を相手に家庭内暴力をふるってきたのです。そして父親は自らの息子を殺害するという犯行に至りました。
しかも犠牲者は息子以外にも全く違った形で発生してしまいました。事件に絶望した熊沢被告の娘が縁談破断を理由に自殺してしまったのです。

 なぜ、エリート一家を悲劇が襲うのでしょうか。なぜ、光あるところに恐怖の闇が確実に存在するのでしょうか。そして毎日のように報道される父親や母親による幼い子供への虐待事件・・・・、なぜ、平気で人は自分の生んだ子供を傷つけ殺害することができるのでしょうか。

 このほど電子書籍として発売した小説「海に沈む空のように」は、家族の間に起こった悲劇と、残った家族が事件後にどう変化していくのかをテーマにした小説です。

 
 小説では家族間の悲劇だけでなく、原発問題やえん罪事件など日本の現代社会が抱える闇にもスポットをあてています。小説は福井と東京を中心に展開しますが、「越前ガニ」(2020年2月、NHK総合「プロフェッショナル」が越前ガニの漁師を特集) を名産とする海や山の自然が豊かな福井がなぜ、日本で一番に原発が多い原発銀座と呼ばれるまでに変貌してしまったのか。県民の安全を願いながら生活する態度を無視する横暴な行政の状況も織り交ぜながら、日本の原発問題にもスポットをあてています。世界的にみても大惨事となった福島原発事故の問題は何も解決していないのです。

 また脅威のウイルスによる致死率の高い病気や、突発的な事件だけでなく、地震や災害も多発する日本では、いつ平穏な暮らしが戦場と変化するか分かりません。一寸先が死、闇なのです。

小説「海に沈む空のように」はアマゾンkindle版(電子書籍)として発売。はてなブログで連載の小説とはカラーの違う社会派系小説です。価格はアマゾン「読み放題サービス」契約者の方は0円。単体価格は税込み450円です。

Book.高倉健が最後に愛した女性・小田貴高が二人で暮らした日々を綴る「高倉健 その愛」

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高倉健 その愛」
(小田貴月著、文藝春秋

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「日本刺客伝」「八甲田山」「幸せの黄色いハンカチ」「駅STATION」「南極物語」「夜叉」「ブラック・レイン」「あなたに褒められたくて」などの名作に主演し、主演男優賞など数多くの賞を受賞した映画俳優の高倉健さんが他界して5年が経過しました。
 高倉さんは1959 年に歌手で女優であった江利チエミさんと結婚しますが数年後に離婚、以降は俳優としての職業柄、あまりプライベートなことは公開してきませんでした。しかし、1996年に高倉さんは、当時フリーライターをしていた小田貴月(たか)さんと雑誌の取材を通じて出会い、小田さんに交際を申し込み一緒に暮らすことになります。結婚ではなく養女として高倉さんは小田さんを迎えました。

 
 

高倉健 その愛」(文藝春秋)は、高倉さんが亡くなる二年前に「僕は貴(高倉さんは、小田さんのことを、たかしと呼んでいました)よりも先に死ぬよ。多分・・・・。そしたら僕のこと書き残してね。僕のこと一番知っているの、貴だから」と言われた小田さんが、高倉さんからの宿題を果たすために、17年間の高倉さんと一緒に暮らした思い出を綴っています。
 出会って数か月が経過した頃、小田さんはイランに仕事で出張中に、高倉さんからの電話を受けます。
 「僕が大きな声を出してしまったこと反省しています。(中略)僕が大声を出したのは、貴が心配だったからです。もう二度とイランに行ってほしくありません。続きの話は日本でできますか」
 こう高倉さんはストレートに小田さんに気持ちを伝えたのです。
 

 

ストイックを心がけた高倉健

高倉健 その愛」には高倉さんの幼少期時代から俳優になるまで、作品や共演者、監督についてのことはもちろん、生活にかかわるプライベートなことが小田さんの筆で細かに綴られています。
 プライベートな食事では①生ものはできるだけ避ける。例外・卵かけご飯の生卵とフルーツ、②料理と飲み物は、常温または温かいもの。冷たいものはほぼ不要。例外・たまに食べるアイスクリーム、③魚類はなくてもかまわない、肉食第一主義。例外で外食の寿司。
 ④野菜類の好き嫌いはほぼなし、⑤炭水化物の好物は白米とパスタ、⑥一品ごとに食べ終えるまで急かさないこと、⑦アルコールは一切不要。
 
 高倉さんが長年、加熱調理した料理や、夏でも常温か温かい飲み物にこだわったのは、腸のバランスを保ち体調を維持するためで、それがプロの俳優としての最低限のルールと考えていたから・・・だそうです。
 たばこも40代で辞め酒は不要、しかも「ジムに通っていないと落ち着かない。(中略)。東映の撮影がピークの頃は、ビタミン注射を打ってもらって、ごまかしながら仕事をしていた。このままだといずれ身体がもたなくなるぞって、限界も感じながら。ジムで本格的に体作りを始めたのはそれから」
 

真冬に京都で滝行も遂行

 ストィックさは役柄のイメージだけでなく、私生活でも貫いていました。
 東映時代には月に一度は京都のお寺で滝行も受けていました。「真冬の水は痛い!冷たいんじゃないんだ。滝のそばにはなかなか近寄れない。(中略)。一番に気をつけなきゃいけないのは、呼吸。体って生理的な反応があるから、水の冷たさで、ふって息止めちゃうんだね。そうすると、みごとに失神する。大声で水に入っていくのは、呼吸を続けるためなんだよ。とにかく大声を出す。僕は、最初にそのお経を徹底的に教えていただいた」
 滝の体験談は小田さんに、たびたび語られました。
 本書を通じて「名優・高倉健」は自分をどう作り上げていたのか、演技ではないまっさらな「人間・高倉健」を知ることができます。
 

Commentブログ筆者
 高倉健さんの映画は劇場公開やDVD、テレビなどを通じて観てきました。フリーとして独立以降、高倉さんは自分の出演する映画を選んできました。映画を通して一貫しているのは、一人の孤独なストイックで忍耐強い男を演じてきたことです。「これが男の生き様」と、高倉さんを見て多くの男性が魅了され続けてきたのです。しかし、それは演技ではなかった。プライベートで素顔の高倉さんも、常にストイックさを心がけていたのです。
 
 高倉さんは読書家でもあり自分を鼓舞するために、本の中に線を引き、自分でもメモをとり繰り返して読み返してきたそうです。自分を鼓舞する言葉では、「疾風に勁草を知る(激しい風が吹いてはじめて、丈夫な草が見分けられる→苦難にあってはじめて、その人の節操の固さや意思の強さが分かる)・後漢書王覇伝」、「艱難汝を玉にす(苦労や困難に堪えてこそ立派な人間になれる)」「我慢と努力がなければ、大人の顔にならない。ただの年寄りになるだけ・剛一(高倉健の本名)」。
 
 

苦難に沈んでも耐えて修行

王陽明の「四耐四不(したいしふ)」の言葉を刻んだペンダントもあり、ことあるごとに首にかけていました。意味は「冷に耐え苦に耐え閑に耐え、激せず噪がず競わず従わず、以って大事を成すべし」です。
 
ブログ筆者が個人的に気になっていたのは、高倉さんが千日回峰行者の酒井雄哉大阿闍梨からいただいた言葉を大切にしていたことです。その言葉は「我が往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」です。
 
 1970年当時、高倉さんは自宅を全焼する火事に見舞われました。この火事をきっかけに、当時は同居していた妻の江利チエミさんの義姉による横領事件が発覚。翌年に江利さんからの申し入れで高倉さんは、チエミ夫人と離婚するのです。それから12年後、チエミさんの45歳での訃報が高倉さんに届きました。
 
 高倉さんは取材を避け京都の比叡山に酒井大阿闍梨を訪ねます。
 やがて寺を去る時に、「南極物語」への出演依頼があることを酒井大阿闍梨に話した高倉さんは、先の「阿弥陀如来のお言葉=たとえどんな苦難にこの身を沈めても、さとりを求めて耐え忍び、修行に励み決して悔いることはない」をいただき、「南極物語」への出演を決めたのです。高倉健という俳優の、本当の姿を知ることのできる一冊です。

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